遺言があってももめるのはなぜか。後編では、遺言執行者がいない/遺言が後から出てくる/検認をめぐる不信/特別受益と使い込み/相続手続の期限――後半5ケースと、10のケース全体をふまえた「もめにくい遺言をつくる7つの原則」を行政書士が解説します。

はじめに ― 「作った後」に起きるトラブルへ

この記事は、遺言書があっても相続でもめる10のケース【前編】 の続きです。

前編では、遺言そのものの効力や、財産の書き方に関わる5つのケースを取り上げました。

前編の共通点は、「書いた時点では気づけず、相続開始後に表面化する」ことでした。

後編では、視点を「作成」から「その後の手続」へ移します。せっかく有効な遺言があっても、執行する人がいない・遺言が見つからない・検認をめぐって不信が生まれる・生前のお金の動きが蒸し返される・手続の期限に間に合わない――こうした「作った後」のトラブルが、ケース6〜10です。

そして最後に、前編・後編を通じて見てきた 10のケース全体をふまえた「もめにくい遺言をつくる7つの原則」 をまとめます。

遺言の方式(自筆証書・法務局保管・公正証書)の選び方については、遺言書はどれを選ぶ?自筆証書遺言・法務局の保管制度・公正証書遺言のメリット・デメリット徹底比較 をあわせてお読みください。

ケース6:遺言執行者がいない ― 手続が滞る、または進められなくなる

まず、よくある誤解を解いておきます。遺言執行者がいなければ何もできない、というわけではありません。

「自宅は長男に相続させる」といった特定財産承継遺言であれば、相続による権利移転ですから、長男が単独で相続登記を申請できます(不動産登記法63条2項)。遺言執行者は不要です。さらに令和5年4月1日施行の改正により、相続人に対する遺贈も受遺者の単独申請が可能になりました(同条3項)。

預貯金も同じで、2019年の民法改正により、その預貯金を承継した相続人が単独で金融機関に通知すれば対抗要件を備えられます(民法899条の2第2項)。

では、なぜ遺言執行者を指定すべきなのか。理由は2つあり、重さが違います

理由1:金融機関の運用次第で、手続が滞ることがある

法律上は単独で権利を取得していても、実際に窓口で払戻しに応じるかどうかは、各金融機関の内部基準によります。遺言書と戸籍を示せば受益相続人だけで応じる金融機関がある一方、遺言の内容や記載の明確さによっては、相続人全員の署名・実印・印鑑証明書を求める運用をとる金融機関もあります。

後者に当たると、遺言の内容に不満を持つ相続人が1人でも協力を拒めば、そこで手続が止まります。遺言執行者がいれば、執行者が単独で預貯金の払戻しや解約を請求できるため(民法1014条3項)、この滞りを避けられます。

「必ず止まる」わけではありませんが、「止まることがある」以上、備えておく価値は十分にあります。 手数料を惜しんで、相続人が金融機関ごとに交渉して回る事態は避けたいところです。

理由2:遺言執行者でなければ、そもそも実現できないことがある

こちらは「円滑になる」という話ではなく、執行者がいなければ前に進まない類型です。

遺言の内容遺言執行者がいない場合
相続人に「相続させる」(特定財産承継遺言)単独で登記可。預貯金は金融機関の運用による
相続人への遺贈単独で登記可(令和5年4月1日〜)
相続人以外の第三者への遺贈登記は共同申請。相続人全員が登記義務者として関与しなければならない
遺言による認知(民法781条2項)執行者しか手続できない。家庭裁判所に選任申立てが必要
推定相続人の廃除・その取消し(民法893条・894条2項)同上

内縁の配偶者、孫、お世話になった第三者、法人に財産を遺したい――こうした遺言で執行者を指定し忘れると、財産を渡したくない相続人全員に、登記手続への協力を求めることになります。これは酷な話です。

なお、指定がなくても、利害関係人が家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てることはできます(民法1010条)。ただし選任には時間がかかり、その間、手続は動きません。

執行者を相続人の1人にする場合の注意

費用は浮きますが、他の相続人から「お手盛りだ」と疑われます。遺言執行者には、

があります。これを怠ると、隠している・不正をしているという疑念が一気に噴き出します。中立性が求められる場面では、専門家を執行者に指定するほうが結果的に安く済みます。

執行者が先に亡くなっていたら

予備的な指定がなければ、家庭裁判所への選任申立てが必要です。ここでも数か月失われます。執行者にも予備を指定してください。

対策 ― 迷ったら指定しておく

遺言執行者の指定は「必須」ではありませんが、遺言の内容によって重要度が大きく変わります。相続人に対してシンプルに相続させるだけの遺言なら、なくても大きな支障は生じにくいでしょう。一方、第三者への遺贈・認知・廃除を含む遺言では、指定していないこと自体が手続の大きな障害になりかねません。数行の記載で将来の不確実性を消せるのですから、迷ったら指定しておくのが実務的な判断です。

ケース7:遺言が見つからない、または遺産分割後に見つかる ― 遺言が「後から出てくる」落とし穴

自宅で保管していた自筆証書遺言で起こりやすい、トラブルの一つです。

相続人全員で遺産分割協議を行い、不動産の名義変更も終え、預貯金も分配した――。ところが、その後になって自宅の引き出しや貸金庫などから遺言書が見つかることがあります。

有効な遺言が見つかった場合、原則としてその内容が優先されます。もっとも、相続人全員(受遺者がいる場合は受遺者も含みます)が合意すれば、遺言とは異なる内容の遺産分割を維持することも可能です。

しかし、そのためには、もう一度全員で話し合い、改めて合意しなければなりません。遺言によって多く財産を取得できるはずだった人が、その内容を受け入れないこともあります。すでに預金を使ってしまっていたり、不動産を売却してしまっていたりすれば、話し合いでは解決できず、訴訟などの法的手続に発展するケースもあります。

対策

もっとも有効なのは、法務局の自筆証書遺言書保管制度または公正証書遺言を利用することです。

法務局の自筆証書遺言書保管制度

あらかじめ指定した人に対して、遺言者の死亡後に遺言書が保管されていることを知らせる「指定者通知」の制度があります。また、相続人の一人が遺言書の閲覧や遺言書情報証明書の交付を受けると、他の相続人などへ「関係遺言書保管通知」が行われます。

これにより、遺言書の存在が相続人に知られないまま相続手続が進んでしまうリスクを減らすことができます。

公正証書遺言

公正証書遺言は、公証役場で保管されます。相続開始後は、遺言検索システムを利用することで、全国の公証役場に公正証書遺言があるかどうかを確認できます。

自宅で保管する場合

やむを得ず自宅で保管する場合には、少なくとも遺言執行者や信頼できる家族などに保管場所を伝えておくことが大切です。

「遺言を書いた」だけでは十分ではありません。「必要なときに、確実に見つかる」ことまで考えて保管方法を選ぶことが、遺言を活かすための重要なポイントです。

ケース8:検認をめぐる不信 ― 「先に見たのでは?」

法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用していない自筆証書遺言は、原則として家庭裁判所で検認の手続を受ける必要があります(民法1004条)。

検認そのものは難しい手続ではありません。しかし、実務ではこの検認をきっかけに、相続人同士の不信感やトラブルが生じることが少なくありません。

検認をめぐって起こりやすい3つのトラブル

① 開封してしまう

封印のある自筆証書遺言は、家庭裁判所以外で勝手に開封すると、5万円以下の過料の対象となることがあります(民法1005条)。もっとも、開封したからといって遺言が無効になるわけではありません。

しかし、実務で本当に問題になるのは、その後の人間関係です。「先に中身を見たのではないか」「書き換えたのではないか」――こうした疑念が生まれると、相続人同士の信頼関係が大きく損なわれ、その後の相続手続にも影響することがあります。

② 手続に時間がかかる

検認の申立てには、被相続人の出生から死亡まで連続した戸籍謄本や、相続人全員の戸籍謄本など、多くの書類を集める必要があります。戸籍の収集だけでも数週間かかることがあり、家庭裁判所の混雑状況によっては、申立てから検認まで1〜2か月程度かかることもあります。

その間は、遺言を利用した預貯金の払戻しや不動産の名義変更などの相続手続を進められない場合があり、相続全体が遅れてしまうことがあります。

③ 思わぬ相続人の存在が明らかになる

検認期日は、家庭裁判所から相続人全員に通知されます。そのため、他の相続人にとっては、前妻との間の子や認知された子などの存在を、検認の通知をきっかけに初めて知るケースもあります。

遺言の内容だけでなく、「相続人が誰なのか」という点から、家族間の対立が表面化することもあります。

「検認を受けた=遺言が有効」というわけではない

検認について、最も多い誤解がこれです。

検認は、遺言書の有効性を判断する手続ではありません。家庭裁判所が行うのは、遺言書の状態や内容を確認・記録し、偽造や変造を防ぐための証拠保全の手続です。

そのため、

といった点は、検認では判断されません。つまり、検認を受けた遺言書であっても、その後に有効性が争われることは十分にあり得ます。

対策

こうしたトラブルは、そもそも検認が不要な方法を選ぶことで避けられます。

法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用した自筆証書遺言と、公正証書遺言は、いずれも家庭裁判所の検認が不要です(保管制度については遺言書保管法11条)。

つまり、この2つのいずれかを選んでおけば、

といった、検認に伴うトラブルそのものが生じません。

なお、これらの制度には、遺言書の存在を相続人に知らせる仕組み(法務局保管の「指定者通知」「関係遺言書保管通知」、公正証書の「遺言検索システム」)もあります(→ ケース7)。「見つけてもらう」ための対策とあわせて、遺言を確実に活かすことができます。

ケース9:特別受益と預金の使い込み ― 過去のお金の動きが蒸し返される

遺言があっても、生前のお金の動きが争点になることは少なくありません。

「兄だけ住宅資金を援助してもらっていた」「姉だけ留学費用を出してもらっていた」――こうした生前贈与は、相続では特別受益として問題になることがあります。

また、遺留分侵害額請求では、一定の生前贈与が遺留分の計算に反映される場合があります。相続人に対する贈与は、原則として相続開始前10年間のものが対象となり(民法1044条第3項)、それより前の贈与でも、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行われた場合には、対象となることがあります。

死亡直前・直後の預金の払戻しも争われやすい

もう一つ、多くの相続で問題になるのが、被相続人名義の預金の払戻しです。

たとえば、

などのために、同居していた相続人が被相続人の預金を払い戻していたケースは少なくありません。実際には必要な支出であったとしても、「勝手に使い込んだのではないか」と疑われることがあります。

さらに、遺産分割前に処分された財産の取扱い(民法906条の2)や、預貯金の仮払い制度(民法909条の2)なども関係し、話し合いが複雑になることもあります。

対策

「家族だから大丈夫」と思っていても、相続が始まると、これまでのお金の動きが一つひとつ確認されることがあります。

相続で本当に難しいのは、財産を分けることではなく、「過去のお金の動き」を説明することです。日頃から記録を残しておくことが、後の誤解やトラブルを防ぐ大きな助けになります。

なお、預金の使い込みが実際に争いとなり、返還請求などの法的紛争に発展した場合は、弁護士が対応する領域です。遺言書の作成や付言事項の工夫、生前贈与の記録の残し方など、そうした争いを未然に防ぐための備えを整えておくことが、行政書士としてお手伝いできる部分です。

ケース10:相続手続には期限がある ― 争っている間も時間は進む

相続でもめている間にも、法律上の期限は待ってくれません。

相続税の申告期限は10か月

相続税の申告・納付期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月です。

遺産分割がまとまらないまま期限を迎えると、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例などが適用できず、いったん高い税額で申告・納付しなければならない場合があります。

もっとも、「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出するなど一定の要件を満たせば、後日、遺産分割が成立した際に更正の請求によって税金の還付を受けられる場合があります。

相続登記も期限があります

相続登記は、2024年4月1日から義務化されました。

相続によって不動産を取得したことを知った日から3年以内に登記を申請しなければならず、正当な理由なく怠った場合には、10万円以下の過料の対象となることがあります。

争いが長引くほど、精神的・時間的・経済的な負担は大きくなります。この仕組みを知らないまま、感情的な対立が長引いてしまうケースは決して珍しくありません。


もめにくい遺言をつくる7つの原則

ここまで、前編・後編を通じて10のケースを見てきました。振り返ると、実務では次のようなポイントを押さえることで、多くのトラブルを防ぎやすくなります。

① 判断能力に疑いが生じる前に作成する(→ ケース1)

もっとも重要なのは、できるだけ元気なうちに遺言を作成することです。遺言能力を争われるリスクを大きく減らすことができます。

② 遺言執行者を指定する(できれば予備も指定する)(→ ケース6)

遺言執行者がいることで、相続手続を円滑に進めやすくなります。特に、第三者への遺贈や子の認知などを含む遺言では、遺言執行者の指定が重要になります。

③ 予備的条項を入れる(→ ケース3)

指定した相続人や受遺者が遺言者より先に亡くなった場合に備え、次に誰へ承継させるのかをあらかじめ定めておきましょう。

④ 受け皿条項(残余財産条項)を入れる(→ ケース5)

「前各条に記載のない一切の財産は○○に相続させる」といった条項を設けておくことで、財産の書き漏れによる遺産分割協議のリスクを減らすことができます。

⑤ 財産を正確に特定する(→ ケース4)

不動産は登記事項証明書、預貯金は通帳や金融機関の情報を確認しながら記載しましょう。「自宅」「預金」といった曖昧な表現では、手続で補足資料が必要になったり、解釈をめぐる問題が生じたりすることがあります。

⑥ 遺留分を考慮した財産配分を検討する(→ ケース2)

遺留分を侵害する内容の遺言を作成する場合は、生命保険なども活用しながら、請求があった場合の支払資金まで考えておくことが重要です。

⑦ 付言事項で「なぜ」を伝える(→ ケース1・2・9)

付言事項に法的な拘束力はありません。しかし、財産の配分に至った理由や家族への思いを自分の言葉で残しておくことで、相続人の理解につながり、感情的な対立を和らげることがあります。また、遺言者がどのような考えで遺言を作成したのかを示す資料として役立つ場合もあります。


まとめ ― 遺言は「書く」より「設計する」

遺言があっても相続でもめるのは、遺言制度が悪いからではありません。多くの場合は、遺言の内容に、後のトラブルにつながる余地が残っているためです。

前編・後編で紹介した10のケースを振り返ると、その多くは、遺言書の書き方や内容を少し工夫することで防げるものでした。遺言執行者の指定、予備的条項、受け皿条項、財産の正確な特定――。どれも、数行を書き加えるだけで、大きなトラブルを防げる可能性があります。

一方で、遺留分のように、遺言だけでは解決できない問題もあります。そのような場合には、生前贈与や生命保険、家庭裁判所の許可を前提とした遺留分の事前放棄なども含め、相続全体を見据えた設計が大切になります。

遺言は、書くことよりも、「家族が困らない仕組みを設計すること」の方が、はるかに重要です。

まだ前編をお読みでない方は、あわせて 遺言書があっても相続でもめる10のケース【前編】 もご覧ください。

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なお、すでに相続人間で紛争が生じている場合(遺言無効確認、遺留分侵害額請求に関する交渉・調停・訴訟など)は、弁護士が対応する分野となります。必要に応じて、適切な専門家をご紹介いたします。


※本記事は2026年7月時点の法令に基づいて作成しています。2026年6月24日に公布された民法改正(自筆証書遺言の押印義務の廃止など)は、本記事執筆時点ではまだ施行されていません。本記事は一般的な制度の解説を目的としたものであり、個別の事案について法的判断を示すものではありません。具体的な事情については、行政書士・司法書士・弁護士・税理士などの専門家へご相談ください。

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