【2026年民法改正】遺言制度が大きく変わる ― 7つの改正ポイント 新旧比較

この国会において、民法の改正案が可決・成立し、成年後見制度の見直しと合わせて大規模なもので、遺言については「押印の廃止」「デジタル遺言の解禁」「新しい遺言の種類の創設」など、明治民法以来とも言える抜本的な現代化が進められようとしています。
はじめに ― 何が変わるのか
今回の遺言改正は、ひとことで言えば 「紙とハンコの時代の遺言制度を、デジタル・高齢社会に合わせて作り直す」 ものです。大きく分けると、次の7つの柱があります。
- 押印(ハンコ)の廃止・緩和 ― 自筆証書遺言などで「署名+押印」だった要件が「署名のみ」に
- デジタル遺言の解禁 ― 録音・録画やウェブ会議を使った遺言、電磁的記録(電子データ)による遺言を新設
- 新しい遺言の種類「保管証書遺言」の創設 ― 法務局(遺言書保管官)の前で作り、そのまま預ける新類型
- 遺言書保管制度(法務局保管)の大幅拡充 ― オンライン申請・ウェブ会議・電子証明への対応
- 証人・立会人の欠格事由の見直し
- 成年後見制度の見直しに伴う文言の整理(被後見人の遺言など)
- 検認・撤回などの手続規定の整備(電子データへの対応)
本記事の前提:ここで紹介するのは「法律案(改正案)」の条文です。実際の施行日や政省令(法務省令)で定められる細目は別途確認が必要です。最終的な条文・施行時期は公布後の官報等でご確認ください。
① 押印(ハンコ)の廃止 ― 「署名+押印」から「署名」へ
今回の改正で最もインパクトが大きいのが、遺言における押印要件の廃止です。これまで遺言の各場面で求められていた「署名し、印を押す」が、原則として 「署名する」だけ で足りるようになります。
自筆証書遺言(第968条)
| 改正前(現行) | 改正後(改正案) | |
|---|---|---|
| 1項(本文) | 遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない | 遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書しなければならない(押印は不要に) |
| 2項(財産目録) | 各頁に署名し、印を押さなければならない | 各頁に署名しなければならない(押印は不要に) |
| 3項(加除・変更) | 変更箇所に署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、効力を生じない | 変更箇所に署名しなければ、効力を生じない(押印は不要に) |
ポイント:自書による全文・日付・氏名は引き続き必要ですが、ハンコがなくても自筆証書遺言が成立するようになります。「印鑑が見つからない」「シャチハタしかない」といったトラブルが減ることが期待されます。
そのほか押印が不要になる主な場面
| 条文 | 内容 | 改正の方向 |
|---|---|---|
| 第970条 | 秘密証書遺言の方式 | 遺言者の署名のみで可とし、印章による封印などの押印要件を緩和 |
| 第976条 | 死亡の危急に迫った者の遺言 | 「署名し、印を押さなければならない」→「署名しなければならない」 |
| 第979条3項 | 船舶遭難者等の遺言 | 証人の「署名し、印を押し」→「署名し」 |
| 第980条 | 遺言関係者の署名(旧:署名及び押印) | 見出しから「押印」が消え、各自「署名」で足りる |
| 第981条 | 署名が不能の場合(旧:署名又は押印が不能の場合) | 押印に関する文言を削除 |
| 第984条 | 外国に在る日本人の遺言 | 押印不要の特則(旧文)が、押印廃止に伴い整理 |
② デジタル遺言の解禁 ― 録音・録画・ウェブ会議・電子データ
今回の改正のもう一つの目玉が、遺言のデジタル化です。特に「死亡の危急に迫った場面」での口頭遺言について、録音・録画や電磁的記録を正面から認める新条文が新設されます。
録音・録画による危急時遺言(第976条の2/新設)
危篤の場面で、これまでは「証人3人以上の立会い+筆記」が必要でしたが、改正案では次の方式が認められます。
- 状況を録音・録画(同時に行う方法)で記録するときは、証人1人以上の立会いで遺言が可能
- 証人の一人に遺言の趣旨を口授 → 証人が趣旨・氏名を書面又は電磁的記録に記録 → 遺言者がその内容を確認・承認
- ウェブ会議(映像と音声の送受信により相互に状態を認識できる方法)による立会いも可能
- 口がきけない者・耳が聞こえない者のための通訳人対応も整備
| 改正前(現行:第976条) | 改正後(改正案:第976条の2 新設) | |
|---|---|---|
| 立会人 | 証人3人以上 | 録音・録画を行えば証人1人以上 |
| 記録方法 | 口授を受けた者が筆記 | 書面又は電磁的記録に記録 |
| 立会いの場所 | 対面が前提 | ウェブ会議による遠隔立会いが可能 |
録音・録画+電子送信による口頭遺言(第979条の2/新設)
船舶遭難・天災等の危急時について、次の方式が新設されます。
- 証人1人以上の立会いで、口頭遺言の状況を録音・録画で記録する方式
- 録音・録画した記録を、電子計算機を用いて特定の者に送信する方式
- いずれも遅滞なく家庭裁判所の確認が必要
あわせて、第979条(船舶遭難者等の遺言)の対象が、従来の「船舶が遭難した場合」から 「天災その他避けることのできない事変」 にも拡大されました。
③ 新しい遺言の種類「保管証書遺言」の創設
遺言の方式は長らく「自筆証書・公正証書・秘密証書」の3種類でしたが、改正案で第4の類型 「保管証書(遺言)」 が加わります。
普通方式の遺言の種類(第967条)
| 改正前(現行) | 改正後(改正案) |
|---|---|
| 遺言は、自筆証書、公正証書又は秘密証書によってしなければならない | 遺言は、自筆証書、保管証書、公正証書又は秘密証書によってしなければならない |
保管証書遺言とは(第968条の2/新設)
法務局の 遺言書保管官の前 で作成し、そのまま預ける新しい遺言です。
- 遺言の全文(電磁的記録の場合は全文及び氏名)が記載・記録された証書に、署名又は法務省令で定める代替措置を講じる
- 遺言者が遺言書保管官の前で遺言の全文を口述する
- 法務局における遺言書の保管等に関する法律の定めにより証書を保管しなければ、効力を生じない(保管が効力要件)
- 電磁的記録(電子データ)による作成も可能(後述の「電子保管証書遺言書」)
あわせて、第968条の3(新設)で、口がきけない者のための通訳・自書による代替や、財産目録の閲覧に関する特則も整備されています。
ポイント:保管証書遺言は、「自筆証書遺言の手軽さ」と「公正証書遺言の安全性(公的機関の関与・保管)」の中間に位置する制度といえます。口述と保管がセットになっており、紛失・改ざん・発見されないリスクを抑えつつ、公証役場よりも利用しやすい選択肢を目指したものと考えられます。
④ 遺言書保管制度(法務局保管)の大幅拡充
2020年に始まった「法務局における遺言書の保管制度」も、上記の保管証書遺言やデジタル化に合わせて大きく拡充されます(遺言書保管法=平成30年法律第73号の改正)。
主な改正点(改正後):
- 遺言書の種類を定義で整理:自筆証書遺言書/保管証書遺言書/書面保管証書遺言書/電子保管証書遺言書(電磁的記録によるもの)
- 電子保管証書遺言書の保管(第10条):電子データを遺言書保管ファイルに記録して保管する仕組みを新設
- オンライン化:従来「遺言者が自ら出頭して」行う必要があった申請・閲覧・撤回について、出頭要件を見直し、情報提供(オンライン)による申請を可能に
- ウェブ会議の活用:本人確認、口述、医師の申述、閲覧などを 映像と音声の送受信による方法(ウェブ会議) で行えるように
- 電子証明への対応:遺言書情報証明書・遺言書保管事実証明書について、書面だけでなく 電磁的記録(証明情報)による提供 を可能に
- 死亡時通知の整備(第19条):遺言者が指定した者へ、死亡後に遺言書を保管している旨を通知する申出制度
- 遺言書保管官の除斥(第5条 新設):保管官自身やその近親者・受遺者が関係する申請を扱えないとする規定を新設
【補足】保管証書遺言とビデオ通話(ウェブ会議)
保管証書遺言は、法務局(遺言書保管官)の前での 「口述」 と 「保管」 が効力要件ですが、改正後の遺言書保管法は、この手続を ウェブ会議(映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話できる方法) で行うことを正面から認めています。
| 場面 | 根拠(改正後・遺言書保管法) | 内容 |
|---|---|---|
| 遺言全文の口述 | 第7条第7項 | 民法第968条の2第1項第2号の「遺言書保管官の前での口述」を、保管官・申請人(通訳人を介する場合は通訳人も含む)のウェブ会議で実施できる |
| 立会医師の申述 | 第7条第8項 | 民法第973条第3項により保管証書遺言に立ち会った医師が行う「申述」を、保管官・医師のウェブ会議で実施できる |
| 本人確認 | 第8条第2項 | 保管申請時の申請人の本人確認をウェブ会議で実施できる |
| 遺言者による閲覧 | 第13条第4項 ほか | 保管された記録の閲覧をウェブ会議で実施できる |
要件に注意:いずれも ①申請人からの申出があること ②遺言書保管官が相当と認めること ③法務省令で定める方法によること、が前提です。常時オンラインで完結できるわけではなく、申出・許可に基づく運用となる点、また具体的な方法は今後の法務省令で定まる点に留意してください。
⑤ 証人・立会人の欠格事由の見直し(第974条)
公正証書遺言などで関与する証人・立会人になれない人(欠格事由)の規定が整理されます。
| 区分 | 改正前(現行) | 改正後(改正案) |
|---|---|---|
| 推定相続人・受遺者 | 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族 | 推定相続人並びにその配偶者及び直系血族 |
| 受遺者(新設の号) | (上記に含めて規定) | 受遺者(推定相続人である者を除く)並びにその配偶者、直系血族及び被用者(法人の場合はその被用者及び役員)を独立の号に |
| 公証人の関係者 | 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人 | 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び被用者 |
ポイント:受遺者側の欠格範囲を独立の号として明確化し、法人が受遺者の場合の被用者・役員まで対象に含めた点が実務上の注意点です。
⑥ 成年後見制度の見直しに伴う文言の整理
今回の改正は成年後見制度の見直しと一体で行われるため、遺言に関する条文でも「成年被後見人」などの用語が整理されています。
| 条文 | 改正前(現行) | 改正後(改正案) |
|---|---|---|
| 第962条(見出し) | 被後見人の遺言の制限 | 未成年被後見人等の遺言の制限 |
| 第962条(本文) | 第五条、第九条、第十三条及び第十七条の規定は、遺言については適用しない | 第五条、第九条及び第十条の規定は、遺言については適用しない |
| 第966条 | 被後見人が後見の計算終了前にした後見人等に有利な遺言は無効 | 未成年被後見人について規律し、第十条第一項の審判を受けた者に関する規定(2項)を新設 |
| 第973条(見出し) | 成年被後見人の遺言 | 補助開始の審判を受けた者の遺言 |
| 第973条(本文) | 成年被後見人が事理弁識能力を一時回復した時に遺言するには、医師2人以上の立会いが必要 | 第十条第一項の規定による審判を受けた者が…医師2人以上の立会いが必要(要件自体は維持。保管証書・秘密証書の場合の特則を追加) |
なお第973条では、医師の付記について、遺言書への「記載又は記録」+署名(又は法務省令で定める署名に代わる措置) とされ、デジタル遺言にも対応。保管証書遺言の場合は遺言書保管官への申述(3項 新設)、秘密証書の場合は封紙への記載(4項 新設)が整理されました。
⑦ 検認・撤回・相続欠格などの整備(電子データ対応)
デジタル遺言の創設に伴い、周辺の手続規定も「遺言書」から 「遺言書等(電磁的記録を含む)」 へと拡張されます。
| 条文 | 改正前(現行) | 改正後(改正案) |
|---|---|---|
| 第1004条(検認) | 「遺言書」の保管者が家庭裁判所に検認を請求 | 「遺言書又は電磁的記録(遺言書等)」に拡大。デジタル遺言・複数保管者に関する特則(3〜4項)を新設 |
| 第1005条(過料) | 「遺言書」を提出しない者等への過料 | 「遺言書等」に拡大 |
| 第1024条(破棄による撤回) | 遺言者が故意に「遺言書」を破棄したとき撤回とみなす | 「遺言書等」に拡大(電子データの破棄も対象に) |
| 第891条(相続人の欠格事由) | 被相続人の遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した者 | これに加え、電磁的記録を不正に作成・破棄・隠匿した者も欠格に追加 |
まとめ ― 実務・利用者への影響
今回の遺言改正を実務目線で整理すると、次のようになります。
- より作りやすく:自筆証書遺言の押印が不要になり、ハンコをめぐる無効リスクが減少
- より柔軟に:危急時の録音・録画遺言、ウェブ会議による立会い、電磁的記録による遺言が解禁
- より安全に:新類型「保管証書遺言」と、オンライン・電子化された法務局保管制度
- デジタルと整合的に:検認・撤回・相続欠格などが電子データに対応
一方で、
- 押印が不要になっても 自書要件・口述要件・保管要件 など各方式固有のルールは残るため、「どの方式を選ぶか」の判断は引き続き重要です。
- 録音・録画遺言や電子保管証書遺言の具体的な手続・様式は法務省令に委ねられている部分が多く、運用の詳細は今後の政省令で固まります。
- 受遺者・証人の欠格範囲(特に法人受遺者の被用者・役員)など、実務で見落としやすい変更点にも注意が必要です。
これらの改正により、一般的にハードルが高いと思われていた遺言作成が、より身近なものに変わろうとしています。本人の親しかった方々への最後のメッセージ。施行についてはまだ未定につき、今後発せられる官報や法務省の公式発表を確認してください。
出典:「民法等の一部を改正する法律案 新旧対照条文」(民法〔第1条関係〕・法務局における遺言書の保管等に関する法律〔第5条関係〕ほか)